「信じる」は変?(その5):世界は変だ:So-net blog
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「信じる」は変?(その5) [精神世界・自己制御]

 一昔まえは、

 住所、氏名、年齢、性別、を知られて何が困るのか?

 本来それが知られて困るのは、やましい事があるからに他ならない。

 と、いうはずだった。が、現代ではそう単純にはいかない。その情報
が、違法な商売や犯罪に利用されるかも知れないからだ。
 これも結局、世の中を「信じる」ことが出来なくなっているというこ
とのあらわれだ。

 しかし、発想を逆転させてみよう。信じられないから隠すのではなく、
個人情報を誰が得て、どう行動し、悪用したかが即座に分かる世の中で
あれば、悪用しようとは思わないだろうし、悪用してもすぐに捕まるか
ら安心ではないだろうか?

つまり現代はもう、「信じる」社会ではなく、「知る」社会となる他ない。

 しかし、そんな事が現実に可能だろうか?

 昨今、牛肉のトレーサビリティーが可能になった。(これとて昔から考
えれば馬鹿げた、且つ不可能だと思えた事だが)これはまさに、「信じる」
から「知る」へのシフトだ。これを人間に適用して更に完璧に近づけては
どうだろうか?
 その為に一役買うのが、ICチップのインプラント技術だ。これはもう
試験段階を終え、ペットへの施術が常識になっているどころか、オランダ
ディスコの支払いでは実用化されて若者に好評を得ているという。
 すなわち、国民全員にICチップを埋め込み、住基ネットの完全版、い
わゆる国民総背番号に対応させ、実物貨幣の流通を廃止し、ICチップの
みによる精算とし、街の各所にセンサーを設置、個人の行動を簡単に追跡
可能にする。
 さらにもう1つ。ウェブカメラの設置も義務付ける。公共の場のみなら
ず、店舗内、企業の会議室、個人宅のトイレや浴室、寝室にも全世界のあ
りとあらゆる所にウェブカメラを設置し、万人がいつでも閲覧できるよう
にする。そう警察ではなく万人が。

 そこで問題なのはプライバシーだ。しかし、そもそもプライバシーなん
てものは変ではないだろうか?江戸時代の銭湯は混浴だったそうだし、
世界にはトイレにドアどころか間仕切りさえない国もあると聞く。女性が
胸を隠さない地域なんていくらでもあるだろう。小さな家に何家族も同居
していてプライバシーなんてありえないような映像もテレビで見たことが
ある。つまり、プライバシーなんてものは、文化や歴史、しかもそれすら
非常に浅い年数で培われたものであり、決して当たり前のモノというわけ
では無い、ある種の贅沢品のようなモノといっても過言ではない。

 日本ではプライバシー、すなわち「隠す事」も基本的人権として認めら
れている。でも当然、隠すとは、ウソをつく事や騙すことにつながる。そ
れが人権?ヒトの権利?おかしくはないだろうか?

 勿論、差別の問題に対する懸念もあるだろう。しかしそれとてむしろ
あらゆる事が万人に明示されるなら、それが「差別」なのか「区別」な
のかも明白になり、むしろ今より良くなるのではないだろうか?

 

 知恵の実を食べて「羞恥心」が生じエデンを追放された人間だが、全て
をさらけ出し羞恥心を捨ててエデンに戻る事を選んでも良いのでは?


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